「セッちゃん」(重松清)

救いを感じるとともに、大きな疑問も残ります

「セッちゃん」(重松清)
(「日本文学100年の名作第9巻」)
 新潮文庫

雄介と和美の娘・加奈子は、
セッちゃんの話をし始める。
どうやらその子は
学校でいじめられているらしい。
運動会のダンスの振り付けが
変わったことを、みんなから
教えられていないのだという。
雄介と和美が
運動会で見たものは…。

加奈子はいわゆる優等生です。
しかしなぜか
中学校2年生に進級してから、
家庭ではいじめられっ子・セッちゃんの
話ばかりし始めるのです。
10月の運動会の前日、
運動会には絶対に来ないでほしいと
加奈子から念を押された二人ですが、
当然こっそり見に行きます。
そこで見たのは…、
周りの踊りとまったく息の合わない
娘の姿だったのです。
担任に話しをすると、
セッちゃんなる生徒は
存在しないことも判明します。

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胸の詰まるような物語です。
クラスからいじめられていたのは
加奈子自身であり、
それをあたかも他人事のように話して
自分の気持ちを抑えていたのですから。
それを目の当たりにした
雄介・和美はどうしたか?

現実を突きつけるのではなく、
娘の気持ちに寄り添い、
娘の創りだした物語を壊さず、
「流し雛」をともに流して
その傷を癒やそうとするのです。
その結末に
一つの「救い」を感じるとともに、
大きな疑問も湧き上がります。
「現実」は放置していいのか?
という問題です。

あえて加奈子がセッちゃんという
架空の友達を創り上げてまで
いじめの話をしたのは、
両親に気づいてほしいからだと
考えられます。
なぜ現実から目を背けようとしている
娘に「寄り添って」、両親も一緒に
現実逃避しなければならないのか、
理解に苦しみます。

そもそもこの両親は、娘から
「セッちゃんがいじめられている話」を
切り出されても、
それを先生に報告しないように
諭すのですから問題です。
加奈子からすれば
諦めの気持ちしか生じないでしょう。

担任の姿勢にも問題がありすぎです。
半年にわたってクラス全体から
一人がいじめを受けているのであれば、
当然何らかの気づきがあるはずです。
両親から相談されるまで
まったく気づかなかったとなると、
アンテナの感度のかなり悪い教師としか
言い様がありません。

その後の担任の発言も気にかかります。
両親に対して、
「いじめている生徒への
指導を行ったこと」を報告したまでは
いいのですが、
「高木(加奈子)さんが謝れば、
 それでみんなの気がすむかというと
 そうでもなくて…」

いじめの原因を加奈子に求め、
謝罪させようと考えているなど、
とんでもない話です。
そしてそれに対して納得している両親も
いかがなものかと思います。

担任以外の教師(学年主任・教頭等)に
面談を申し込む、
カウンセリングを実施してもらう、
必要があれば心療内科医へ相談する、
教育委員会に調査を依頼する、
転校も視野に入れる、等々、
現実問題として対処していかなければ
いじめはなくならないし、
子どもも救われないと思うのです。
加奈子はこのあとどうなるのだろう?
やりきれない思いで一杯になります。

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本作品収録書籍

何度か読み返して気がつきました。
ここに描かれているのは
「最悪のパターン」ばかりなのです。
正しいことや正当なことが
大事にされない学校環境、
周囲の流れに
誰も逆らおうとしない人間関係しか
構築できなかった学級集団、
まったく生徒のシグナルを
キャッチできない教師、
担任一人しか問題にタッチしない
教師集団、
我が子がいじめられることを
恐れるあまり
いじめられている子どもに
無関心な大人たち、
子どもと衝突することを恐れて
踏み込めない両親、
これらのどれか一つでも
まともであれば、
いじめはどこかで未然に防げたか、
あるいはここまで深くは
ならなかったのではないかと
考えられます。

本作品は、
そうしたいじめを取り巻く問題に対する
作者なりの問題提起として
受け止めるべきでしょう。
雄介・和美の行動に
共感すべきではありません。

〔重松清の作品〕
あまりにも作品が多く、
私などはかえって近づきにくさを
感じていました。
これまで取り上げたのは
「きみの友だち」一冊だけです。
これは素敵な作品です。

〔いじめを扱った小説〕
いじめを扱った小説は
たくさんあるのですが、
リアル感のないものや、
取材不足を感じさせる作品が多いと
感じています。
「いじめ」を最も的確に捉えているのは
緋野晴子の
「沙羅と明日香の夏」ではないかと
思われます。

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〔本書収録作品一覧〕
1994|塩山再訪 辻原登
1995|梅の蕾 吉村昭
1996|ラブ・レター 浅田次郎
1997|年賀状 林真理子
1997|望潮 村田喜代子
1997|初天神 津村節子
1997|さやさや 川上弘美
1998|ホーム・パーティー 新津きよみ
1999|セッちゃん 重松清
1999|アイロンのある風景 村上春樹
2000|田所さん 吉本ばなな
2000| 山本文緒
2001|一角獣 小池真理子
2001|清水夫妻 江國香織
2003|ピラニア 堀江敏幸
2003|散り花 乙川優三郎

(2022.9.15)

Sasin TipchaiによるPixabayからの画像

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